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はつとらさい。 [福島観光地巡り]

福島やほかの東北地方は「東北」というだけあって、北の守り神「毘沙門天」の信仰が多い。
「はつとら」とは「初寅」と書き、今年初めての「寅の日」に行うお祭りである。
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ここのはつとら祭は、旧暦で行われているそうです。

白水阿弥陀堂 [福島観光地巡り]

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いわき市にある、白水阿弥陀堂。
昔は、「平(たいら)」というのですが、鎌倉時代のはじめごろ、平泉から嫁いできた姫さまが、実家の父の菩提を弔うために建立したそうです。
白水を縦にあわせると「泉」となって、「平」の「泉」で、「平泉」になる。そういう意味だそうです。

白鳥滞在中。 [福島観光地巡り]

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風邪も治ってきたので、買出しついでに、白鳥を見に行く。
こないだ買ったゾナー90mmをコンタックスG1に装着し、ニコンF100に70-200mmをつけて。
写真は、オリンパスE-P1に、14-42mm(28-84mm:35mm相当)で。ついでに露出計代わりにする。

とはいえ、どちらもAFですので、大丈夫なご様子。
ニコンのほうは、途中で電池切れになったのが、残念でした。

白鳥は、じっとしてて、それだけでも、いいんですが、やっぱり羽ばたきしてる様子とか撮りたい。
で、しばらく粘って撮りました。

あっぷで撮るには、200mm程度でも、ちと足りないことも理解。こうして、カメラ修行も続くのでありました。

白鳥飛来地 [福島観光地巡り]

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冬の使者 白鳥

冬が近づくとやってくる白鳥は、福島県内の数カ所にやってきて、冬を過ごす。
そのうちの一つが、阿武隈川の川岸である。
冬場のこの時期、格好の被写体として、写真家の人たちもやってきます。
(※もっとも、鳥好きの写真家さんは、白鳥より野鳥らしいけど)

この写真は、十年以上前のご様子。
このころなんて、鳥インフルエンザとか、全然知られてなかった、そういう頃。

食パンの切れ端をごっそり持ってきて、餌付けとか、そういうことも自由に出来た頃。

そういう頃。

近藤勇の墓 [福島観光地巡り]

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会津若松の天寧寺の山中にある、近藤勇の墓。
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流山で、近藤と別れた土方歳三が建立したもので、別れるときに譲り受けた遺髪を葬ったものと言われる。
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寄り添うようにある、土方歳三の墓。
箱館戦争で戦死した土方歳三を供養して建てられたという。
新撰組局長として名を馳せた近藤勇の墓は、板橋や三鷹にある由緒ある墓と違い、永久の別れをした土方の思いが込められているように思われてならない。
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こんな山中を歩いた先に、ひっそりと佇み、会津の街を今も見ています。

注意:上記記事は、すべてうろ覚えです。

二本松城にある戒石銘 [福島観光地巡り]

二本松城の入り口にある戒石銘
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江戸時代には、二本松藩庁の前にあり、その石に刻まれた銘文を読んだそうだ。
次のように書いてある。

 爾俸爾禄(なんじのほう なんじのろくは)
 民膏民脂(たみのこう たみのしなり)
 下民易虐(かみんはしいたげやすきも)
 上天難欺(じょうてんはあざむきがたし) 

意味は、
「お前のいただく俸禄は人民の汗であり脂(あぶら)である。下民は虐げやすいが上天をあざむくことはできない」
今の政治家さんや、お役人さんに読ませてあげたいものですね。

参考 → 二本松市HP戒石銘
    →wiki旧二本松藩戒石銘碑

三春の滝桜 [福島観光地巡り]

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かなり昔に撮った写真。画像のサイズの制約があるので、新しい写真は、フォトショップとかで解像度を落とさないとあっぷできない。それがめんどくさい(笑)
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鶴ヶ城天守閣。 [福島観光地巡り]

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白河落城の後、激戦地は二本松、そして会津へとうつる。
東北唯一の五層天守閣。(弘前城も五層だったが、後に火災で炎上し、三層の天守閣となる(現存))
江戸初期の戦術では、鉄壁と言われた縄張りも、幕末の西洋式の兵器の前ではなすすべがなかった。
とはいえ、大砲を打ち込まれても落城はしなかった。

現在、天守閣は当時の瓦(赤瓦)に換装すべく工事中です。


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白河小峰城。 [福島観光地巡り]

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福島県の白河市にある小峰城天守閣。
平成になってから復興されたもので、内部からすべて木造にて復元した。
このお城の復元が、平成の城郭復興ブームのさきがけとなったそうな。

戊辰戦争では激戦の末に落城した。

このお城は、本来、北からの攻撃(仮想敵国は伊達仙台藩)を想定して築城されているので、南方からの攻めに弱かったという話。
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裏磐梯五色沼 [福島観光地巡り]

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裏磐梯五色沼のうちのひとつ。毘沙門沼。
五色沼で一番大きい沼。

コバルトブルーのきれいな沼で、鯉が泳いでた。
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